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他者との比較は無意味

選挙の結果は、事前の予想通り、

民主党の圧勝の結果となり、

政権交代が現実になりました。

今までの政権で、政治不信が叫ばれてきました。

選挙活動で言われた公約をぜひ実行してほしい、

それが出来なければ、

国民の失望を招きます。


今日もありがとうございます。ヒデです。


不思議なことに、他人の仕事は自分の仕事より楽に思える。

しかも他人がいい仕事をするほどそれは楽に見えるものだ。

(エデン・フィルポット)



先日のカウンセラー講座の実習での気づきの続きです。

いつものクラスメートとは違う方と話をすることは、

すごく新鮮なとでした。

違う方の話を聞いたり、ロールプレイを見たりすると、

自分とは違うなぁ、特に自分よりも上手に応対しているな

と感じることが多いです。

私だけがそう感じているのかも知れません。

ビジネスの場でもたびたび、同じようなことを感じます。

ビジネスの発想という点で、こういう発想はできないな、

どうしたらそのような発想ができるのか、

と感心してしまいます。

しかし、逆の見方をすると、私も他の方から見ると、

違いところがあるのかも知れません。

自分のUSPは、足元にある、

と良く言われます。

しかし、その足元が見えにくいのも確かです。

そもそも比較すること自体、意味がないことです。

例えば、

白鳥は、池で優雅に浮かんでいますが、

水面下の足は常に動いている、のと同じように、

苦労は表に出てきません。

あなたも一生懸命努力しています。

自分自身の特徴や強みを良く把握しておくことが大事です。

その上で、他人の特徴をつかみ、

必要に応じて、

協力を得る、あるいは協力してあげる

といった姿勢が必要です。


今日も最後までお読みいただきありがとうございました。

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失敗を恐れない

先週の旅行の「後遺症」が続いています。

自分では、無茶した感じはありませんが、

体は正直ですね。。。。

疲労感が、まだ残っています・・・・

もう若くないなぁと・・・弱気になってはいけませんね



今日もありがとうございます。ヒデです。



それまでに経験した失敗は、

人生観を見出すための月謝と思えば、安いものだ

(堤康次郎)




人生でも仕事でも失敗は必ずあるものですね。

失敗なしに、生きてきた人はいないはず。

クヨクヨしがちですが、

気持ちを切り替え、後に引かないことが大事です。

という私はというと、やはり、悔やんだりしてしまいます。

しかし、悔やんでも時間は戻らないので、

失敗の原因や、次に失敗しないためにどうするか、

を考える時間に使ったほうがマシです。

失敗しても、1歩でも2歩でも前進すること。

また、失敗を恐れないこと。

この姿勢が、必要ですね。


最後までお読みいただきありがとうございました。




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人生の意味

産業カウンセラー研修は2か月が終わります。

新たな発見と感動がありました。



今日もありがとうございます。ヒデです。



我々が人生の意味を問うてはいけません。

我々は人生に問われている立場であり、

我々が人生の答えを出さなければならないのです。




ヴィクトル・フランクルの言葉です。



カウンセリング理論の元祖は心理学者フロイトに始まります。

彼はユダヤ系民族であり、彼の後継者にはユダヤ系民族が多くいます。

今日は、カウンセリング理論の歴史的流れについての講義でした。


心理学者にユダヤ民族が多いことが、その発展に寄与したように

感じます。

心理学は20世紀に入って発展・体系化され、現在に至っています。

20世紀は、ご存知の通り、「戦争の時代」」でもあります。

特にユダヤの方には、悲しい時期でした。

多くの心理学者はフロイトが活動していたオーストリアに

集中しています。

第二次世界大戦で、ヒトラー率いるドイツは、ユダヤ人を徹底的に

迫害したのは、あなたも知っていることでしょう。



ユダヤ人としてナチスドイツの強制収容所を経験したフランクルは、

「終局において、人は人生の意味は何であるかを問うべきではない。

むしろ自分が人生に問われていると理解すべきである。

一言で言えば、すべての人は人生に問われているのだ。

自分の人生の責任を引き受けることによってしか、

その問いかけに答えることはできない」、と述べています。



彼は、強制収容所での過酷な労働で、

生き残る人と死んでしまう人の差が

何なのかが収容所での観察でわかったといいます。

それも、ドイツ兵が落としていったわずかな紙片に

細かく記録し保管していたそうです。



そして、フランクルは自問します。

「自分は生き残る人間か、そうでないか」と。

そして、得られた結論は、


「自分は生き残る人間だ。


なぜなら、

この観察で得られたことを後世に残さなければならない


使命があるからだ。」です。


いわば彼の生への執着心ともいえます。


約3年の収容所生活の後、戦争が終結し、彼らは解放されました。

彼の経験は、特殊であり究極でもあります。

しかし、私たちも一人一人が

「自分が人生に問われている」と考えれば、

自分だけが自分の人生に対して責任を持っているのであり

誰のためでもなく、主体的に行動できるのではないでしょうか。


考え方ひとつで、自分の行動ががらりと変わるのです。


 


彼の生き様を紹介してくださった講師の楡木教授に感謝いたします。




今日も最後までお読みいただきありがとうございました。






人間は本当に怠け者か

『世界が進歩したのは、怠け者がもっと簡単な方法を探そうとしたからだ。』アメリカのSF作家であるロバート・ハインラインの言葉です。



この言葉は、人間の本質を語っていると思います。

人間は本来怠け者だと思います。しかし楽をしようとして、いろんなことを考え、いろんなことを施行錯誤し、苦労し、失敗もする。

成功のほとんどは、失敗の積み重ねでもあります。

しかし、そういうことをしている時、人間は怠けている訳ではありませんね。さらに忙しくなってしまいます。

ここに矛盾を感じてしまうのは、私だけではないでしょう。



技術などが進歩して、私達の生活は豊かに、そして便利になりました。

以前の暮らしと比較すれば怠けることが出来るようになりましたが、もっと怠けたいという気持ちが、技術の進歩の原動力になっていると思います。



怠けたいから苦労している人間は、いつまでたっても怠けることは出来ないのかもしれません。




あるお寺の言葉

花は黙って咲き 黙って散っていくそうして 再び枝に帰らない

けれども その一時一処に

この世の全てを托してある

一輪の花の声であり、一枝の花の真である

永遠にほころびぬ 生命の喜びが悔いなく

そこに輝いている





私が、かなり前から訪れている奈良のお寺に書いてあったことばです。

元は、京都のあるお寺の住職さんの言葉らしいのですが、

大変気に入っている言葉の一つです。



この言葉には、いろいろないみが含まれているでしょう?



大きなメッセージは、その時、一瞬一瞬を精一杯生きよ。

ということと受け止めています。



この言葉に出会ったとき、私はかなり落ち込んでいました。

そのお寺には、それ以前にも何回も何回も訪れていたのに、

全く気づかずにいました。



心に何か迷いが出たときに、この言葉に出会い、すぐその場で

メモに書きとめました。何かの縁を感じています。



座右の銘の候補として、心に留めています。




プロフィール

オフィス・キリウ

Author:オフィス・キリウ
ハマの社労士ヒデの思いつきブログです。

「どこまで行っても人が命」


ご訪問いただきありがとうございます。


人を大事にする会社づくりアドバイザーの社労士ヒデです。


人を活かし育てる会社を応援し、


人々が活き活きと生きる社会づくりを目指しています。


一人一人の力は小さいですが、


それぞれの特徴を活かして、


つながっていけば、大きなことができると


信じています。





ホームページはこちら→www.kiriu.com


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